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解決脱出記 登校拒否と適応障害、治った記録

【この文章は岩波先生の下でのルーツ分析整理作業をもとに再編集しています 適応障害、登校拒否でひきこもりになぜなったのかの分析です。同じ境遇の人のお役に立てればうれしいです】

自分(アベル)の家庭環境はちょっと歪んでいた。

母親と父親は離婚と結婚を繰り返して、離れたりくっついたりしていた。

子供心にいつのまにか父親がいなくなったり、すぐにくっついたりして混乱した。

幼心にそういうことに恐怖を感じたし、自分への肯定感がなくなった。

いつ一人になってしまうのだろうかといっつも怯えていた(子供だからしょうがないか)。

夫婦げんかもよく自分の目の前でしていたし、熱戦ではなくても、冷戦状態が二人の間で行われているときに張りつめた冷たい雰囲気もしょっちゅうあった。

いまは両親ともに元の鞘に戻っているが、父親はぶっちゃけ好きになれない。

あまり父親からかわいがられた覚えはないし、会話がよくある母親でも精神的に不安定だった。すぐヒステリーを起こすのだ。

だからいつも違和感を感じて成長していたと思う。

この親あってこの子ありだと自分で納得する(苦笑)

母親にはものすごくかわいがられたときもあったし、教育熱心な母親だった。

でも、母親は急に自分に無関心になるときもあったから、かなり混乱した。

母親も自分のメンタル面のことで精一杯だったんだなと成長した今は冷静に振り返られるけど、当時はただ不安が引き起こしてくれる存在だった。

そんなことがたくさんあって自己の存在証明(アイデンティティ)が出来なくなったんだと思う。

他の家とはちょっと違うと思う。

友達の親からもよく心配されたけど、当人の自分としてはそれが当たり前だと思っていた。それ以外の過程なんて知らんのだ。

でも、友達の家とちょっと違うなと思ったのは小学3年か4年くらいだった。

愛情不足だったり、間違った愛情を振りまかれたからいつも漠然と寂しさを感じていた。

自分でも父親も母親も自分勝手だと思う(自分のことに精一杯に過ぎなかったのだが)。

父親は優先順位が子供の自分より本人のやりたいこと(逃避にすぎなかったが)が上だったから愛情を満足に与えられたわけではなかった。

父親とはずっと疎遠で特に登校拒否になっていたときは、まったく話をしなかった。

でも、ぐうたらな父親ではなく、母親から離れていたときでもお金だけはちゃんと入れていた。

仕事は結構やり手だそうで、特別な才能があったのか、金銭的な不自由はなかったと思う。

貧乏生活を強いる親に比べたら幸せじゃないかと言われるとそれはちょっとちゃう。

愛はお金で買えない。不安感、孤立感、孤独感はお金で解消できないのだ。

母親というと塾にはしっかり行かされたし、小学校のお受験もした(失敗したから地元の公立小学校に通った。劣等感を感じた)。

小学生の間も学習塾にずっと通って、私立中学に今度は合格できた。ホッとしたのを覚えている。でもそこで何か糸が切れたかもしれない。

そんな家庭環境だったから、小学生の時けっこう周りから浮いていた。

クラスの奴らとは話が合わないし、次第に避けられるようになった。

だから学校がつまらなかったし、苦痛になってきた。

友達はいたけれど、クラス全体ではなじめなかった。

集団生活はとても苦痛で苦手だった。

無視をよくされたからなおさら通いたくなかった。

担任の奴も自分を困った生徒だと見ていたから反発を感じた。

まったく学校の教師どもは、ろくな奴がいない! 僕は常に憤っていた。

実際少数のまともな教師以外は、ロリコンかサラリーマンや公務員のようなパーソナリティの持ち主ばかりだと思う。

でも鬱憤を晴らせなかったから、教師、ひいてはお目上の者へのむかつく気持ちだけが高まった。

そんでも漠然と小学校の時は通っていた。憂鬱な顔をして登校していたと思う。

天真爛漫で学校を楽しんでいる子を見ると、この差は何なんだ? と愕然となった。

一方、学習塾は友達もたくさんいたし、小学校の時とは正反対だった。

塾が学校だったらいいのにと思った。

塾の先生は兄貴分的な人が多く(苦手な人もいたけど)、反発を感じないどころか、親しみを覚えていた。

でも所詮塾は刺身のツマでしかない。メインディッシュはあくまで学校、集団生活だった。

何が言いたいかというと小学生の頃から、適応障害と登校拒否 になる種はまかれていたんだということ。

 

人は理由なしに適応障害にも登校拒否 にもなるものじゃないのです。

僕の親はあれだったけれど、登校拒否 や子供の適応障害は家族で治していくべきものだと思う。

子供はなかなか自主的にこういう分析をしないし、やる気力もない。

家族が親が保護者が、子供の問題の原因をある程度つかまなくちゃいけないと思う。

それがないとますます子供の心を踏みにじってしまうかもしれないから。

でも、そこには限界がある。

問題の原因を子供は親に悟られるのをとても拒むからだ。

だから専門家が必要になってくると経験上感じてます。

次は、子供の気持ちです。

親が子供を理解する参考になってくれればいいなと思います。

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