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適応障害、登校拒否が解決できたきっかけ

 

難破船で暗礁海域を漂流していた僕にかもめが一匹教えてくれた。

これは僕の母親だった。

この先に灯台の光があるかもしれないから、そっちに向かえと。

 

これは母親に感謝していることだけど、(登校拒否問題の専門家だったり、潜在意識、脳の魔術師と言われる超鬼才)岩波英知さんのところに通ってみたらどう?と言われた。

評判を聞いて、そこがいいといわれた

スクールや心理カウンセリングをたくさんやってきて辟易していたから、絶対いやだった

ふざけんな、俺はものじゃない! むかついた。

何で勝手に決めるんだ、ババア! 正直、こういうことを思った。

すごいわけがない、ただの宣伝だ! 何ができるって言うんだ! 通う前はそんなことを考えていた。

でも親の説得もあり最初は渋々通うことになった。

他にすることもないし、しょうがないと。

母親も心配をしてくれている証拠だし、その気持は、今はありがたいと思っている。

親子関係なんて、後年振り返ってはじめてそのありがたみが身に染みるのかもしれない。

ある部分では母親も一生懸命に自分に対応しようとしていた(弊害も大きかったけどね)

 

岩波英知先生のことにいく前に、僕が経験した心理セラピーやスクールのことを話しておきたい。

親はとにかく僕を何とかしたかったようだ。貧乏でもない家だから、いろんなことにお金をかけてきた。

そんなこと知ったこっちゃ無かったけど。

ちょっと焦っていて、狂っているのかなと思えるくらい、特に母親が僕にプレッシャーをかけてきた。

もちろんそれが嫌だった。嫌で嫌でたまらなかった。

絶対僕の心をわかってくれる輩なんかいないと思っていたし、カウンセラーも話がなかなか通じなかった。

親への不満がそのカウンセラーを通じて漏れてしまう恐れを持っていた(実際親が連れてきたわけだから当たり前)

心を閉ざすことで、あんまり気持を伝えたりしなかった。

しだいにカウンセラーの方も僕にあきれ果ててきたと思う。

それを敏感に察知した僕は、ますます意固地になった。

僕がなんにも反応していないとカウンセラーはうろたえた。

沈黙が支配するようになった。

でも、カウンセラーはそれがいやだったのか不自然なくらい、のべつまくなしにしゃべりかけてきた。

最初は母親と同席だったけれど、一対一ではカウンセラーの方も何を話していいかわからなくて、母親と同伴するように言ってきた。

んで、カウンセリングの時は、母親ばっかりに話しかけていた。そうしないと間が持たなかったのだ。

母親も、対話が必要なのは僕本人、これでは駄目だと思って、別のところに行くようになったけれども、すぐ僕は心を閉ざした。

カウンセラーの困った顔を見たいのではなくて、親の困った顔が見たかった。

俺の何がわかるんだと、態度で示した。カウンセラーの人には申し訳ない思いを持っている。

優しいいい感じの人はいたけれど、だからなに? といった感じだ。

心を開いても良いけれど、簡単に開くのはしゃくだなと思っていた。

あともうちょっとでというところで、その先生とのカウンセリングが終わったこともあった。

彼らが頼むから話してくれ、心を開いてくれと懇願してきた。女性のカウンセラーは泣いてしまった。

ばつが悪かった。まだ若かった彼女はたぶん自信をなくしたと思うから気の毒だった。

僕が女性との接し方がよく解らなかったこともあったし。

帰りに母親によく泣き言を言われた。

ざまぁ見ろ! とほくそ笑んだ(顔に出すほど心の余裕はなかったけれど。ずっと無表情に見えたんだろうな)

でも僕はいち早く何か知らない心の苦しさから脱したかった。

たぶん心の奥底でそれを求めていたんだと思う。

本物はいないか? 誰か僕を救い出してくれる人はいないか? 無意識はそう訴えていたんだと思う(今振り返ってわかったこと)

学校いけだの、何やれだのむかつくことばかり言われて辟易もしていた。

それができたら、そもそも悩んでいないっての!

母親は困りに困り切ってキ○○イ(放送禁止用語です)になっていた。

精神科に連れて行かれたときは、僕の怒りは心頭に達した。

俺は精神病患者か! 怒ったというより、哀しくなった。一人で悔し涙を流した。

哀しい気持ちを暴れることで解消しようとした。

傍目で見ると暴れているけれど、僕の心は大きく傷ついていた。

薬を飲むことを拒否してのは、のちのち良かったと思う。

子供が薬の中でも重いとされる向精神薬を飲むと大変なことになるのは今では世界中で報告されているから。

 

そんなことが続いていたから、今度もどうせ・・・・こんな感じだった。

で、何がすごいの? 評判倒れだろ、どうせ大したこと無いだろ、につながる。

母親はネット上で登校拒否(引きこもり)克服プログラム岩波英知さんの評判を聞いたそうだ。

結果的に先生だけは違っていてくれた。

同時期に先生のところに通っていた同世代の子供と仲良くなったけれど、同じ意見だった

(それまでカウンセラーに心を開かなかったのも同じ。岩波英知さんの心理プログラムに通うことに抵抗感を示していたのも同じ)

先生に会う前に僕のことをわかってくれる人はいなかったけれど、会ってから以降もわかってくれる人は目上の者ではいない(同世代の彼女や少数の友達ぐらい)

それくらい自分の気持ちをくんでくれて、どう表現していいかわからない漠然とした自分の心の不安に希望を的中させてくれた。

わかってくれる人がいたなんてと感動したし、こういう心理プログラムならありかなと思った。

最初はあまりに今までとかけ離れていて面食らった。

潜在意識とか無意識、変性意識と言われるものがこんなすごい世界なのかと驚いた。

両親のことなんかあんまりしゃべっていないのにすぐそこが原因と言うことを当てたときにはうれしくなった。

(洞察力がスゴイ人だ)

学校で浮いていたのも、逆に個性として受け入れてくれたし、精神的な父親みたいな存在になった。

ずれたままいっちゃった方が良いというアドバイスもくれた。そっちのほうが逆に社会とうまく折り合いがつくものだと。

もっと言えば、ずれた個性ほど美しいものはないし、光った時、アベル(僕の仮名)はすごく能力を発揮するぞと。

その個性を伸ばす秘訣みたいなものも教えてくれた。

先生に会ってから、自己否定する部分でも自己肯定できるとわからせてくれて、とっても自信になった。

漠然としていてつかみ所がなかった(だから苦しかった!)不安感が、現実に具体的な形で自分にもつかむことが出来て、それも先生のおかげだった。

はっきりと自分の心の悩みが起こる原因を認識するに従って、言いようのない不安やマイナス思考が治まった。

これは先生の技術で潜在意識に溜まる抑圧を解放していけたことも大きいかな。

自分の存在に対して肯定的感情が出てきた。また引き出してもらった。

希望を感じられると人はどんどん前向きになってくるんだな〜

行動してみたい、もう一度学校に通ってみたい、今度は苦しくても逃げないで、卒業するまでやり遂げる、という覚悟をもてるようになった(徐々に、そして急速に)。

でも、思っただけでは一生実現できないから、決意して、高い目標を持ってそこに向かって努力する、そこに不安や危機があっても歩みを止めないということをいってくれた。

すごく励みになったし、自分が不安をいつも感じていたのは、無意識から、本能からそれが出ていたから、無意識からの処理をしてくれた(抑圧解放です)。

トランス状態での処理、また自分が心に悩みを抱えるようになったルーツからの処理をやった。

それに自信を得て、大検を受けるための予備校に通い始めた。

幸い、勉強へのコンプレックスはなかったし、本をよく読んでいたから、教養の点でも劣等感を感じずにすんだのは幸いだった。

僕が自分で褒めていいとおもうのは、学校に行かなくても知的好奇心だけはあったということかな。

今の自分でいいんだという自己肯定を得ていたので、最初不安はあったけど、すぐなくなった。

自分はやれるんだという自信が毎日でてきたし、仲の良い友達、気の合う友達もたくさんできた。

これは予想していなかったことだけに、喜びは大きかった。

けっこう、適応障害の自分でもいけるんだなと。

それに対人関係でのいい方向での構築の秘訣も教えてくれたし、それをあてはめてみたらうまくいった。

そのときは悩んだからこそ出会えた先生みたいな存在を知ってよかったし、先生に引き合わせてくれた母親に(そこは)感謝した。

はじめて母親にそのときに「ありがとう」といったと思う。

母親もとても感動していたし、それで感情を表すことの大切さを学んだ。

感情の交流はこちらから見せなくてはいけないと。しかし母親に「ありがとう」一つ言えるようになったことは自分の成長だったかな。

もし親子関係がうまくいっていない家庭は、不安とか怒りとか焦りの感情で子供に対処するのではなく、もっと大きな愛の感情で対処したほうが良いと思う。

僕はうまく感情表現ができるようになったから、つくづく思う。

駆け引きぬきの親子関係、そもそも親子関係はもっと純粋であるべきだし、腹の探り合いじゃこじれるだけ(だった)

 

潜在意識から解決していくことで、漠然としたもやもやした不安感や孤独感とか罪の意識、イライラ、暴力性もおさまっていた。

悪い感情だけだったけれど、いい感情を人にふり向けることができてきた。

それを友達に適用すると、相手も自分に感情をかえしてくれて、ますます仲が深まった。

とっても自信になった。自信喪失の人間が自信を得るのは、こういうところを一つ一つ積み重ねていくことだと思った。

すべてがうまい方向に進んだけれど、悪いときには悪い方向にしか進まない人の心の怖い仕組みを思い知った。

いつも自分には不安が襲い抱えてくるけれど、それが普通のことだ、っていう決心が付いていたので、逆に不安が襲ってくることはなかった。

昔は不安が襲ってきたら、どうにか紛らわせてやろうとばかりしていたのに。

だからますますやる気が出てきて好循環になった。

時々自分の前に障害が立ちはだかるけれど、他の誰よりもそういう場面になっても、騒ぐことはないし、乗り越えられるんだという自信がついたかな。

ここではじめて「成功するための種」が自分の心の中にも芽生えたと思う。まだまだ小さいものだったけど。

しかし僕自身に至らないところがたくさんあった。

岩波英知さんとは人間関係が成立していたから、先生の方もそういう弱点を言ってくれた。

褒めた上で指摘してくれたり、指摘した上で褒めてくれたり、そういうところもとても上手な先生だった。

 

親子関係はとっても微妙なものだから、今まで書いてきたように、冷静に問題を見極めて対処できる専門家を中に入れた方が良いと思うのが僕の持論です。

先生がいくら能力が高いとはいえ、子供が通いたいと思わすには、親の力量が問われます。

誰だってわけがわからないものを受けたくないし、僕も体験談に書いているようにそうだった。

悩んでいる子供は抜け出したいと思っても、自分の力で実際に行動ができません(気力がないことと金銭的な問題)。

親がそこで力にならないと、自立のきっかけを失ったまま大人になってしまいます。

引きこもりの高齢化が進んでます。タイミングを逸したか、チャンスすらなかったからそうなっていると思う。

自立しようとする意思はあっても行動が追いつかない以上、親がサポートすることがまず問題解決の第一歩になったことを書いて終わりにしたいと思います。

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